「青の交響曲」が運ぶ、旅のはじまり

大阪阿部野橋駅から乗り込む特急「青の交響曲」は、シックな濃紺のボディが印象的な観光列車です。シートに腰を落ち着けた瞬間から、すでに旅の空気が漂い始める。車窓を流れる大阪の街が、徐々に緑の山々へと変わっていく。この移ろいを見ているだけで、日常がゆっくりと溶けていく感覚がありました。

吉野駅に降り立ち、山道をゆっくりと歩いて向かいます。自分の足で動くことで、車では見逃してしまうような小さな発見に出会える。路地の奥に続く石畳、苔むした石垣、軒先に咲く草花。そのひとつひとつに立ち止まりながら、シャッターを切りました。

草木染め、ジビエ、100年の米屋 ─ 吉野の暮らしに触れる

「草木染Craft そよご」では、吉野の山で採れた植物だけで染め上げた糸や小物を販売しています。柔らかい自然の色合いが並ぶ店内を、光の角度を変えながら撮影していると、作り手の時間と手間がそのままそこに宿っているような気がしました。こういう光景は、写真で伝えたくなる。

昼は「Cafe Restaurant 魚歌家」でジビエ料理をいただきました。古民家を改装した空間に、土地の食材が並ぶ。窓から差し込む午後の光が木のテーブルに落ちて、その質感を撮らずにはいられませんでした。「水本米穀店」は創業から100年近い老舗の米屋。店主から吉野米の話を聞きながら、昔ながらの暖簾や店構えを記録しました。

如意輪寺と「猫みくじ」─ 静けさの中にある愛らしさ

「如意輪寺」は重要文化財を有する格式ある寺院ですが、ここには「猫みくじ」という愛らしい文化があります。参道や境内の静けさと、猫みくじのポップなコントラストが面白くて、何枚も撮りました。厳粛な空間の中に宿る、人の温かさ。吉野という場所の奥行きを感じた瞬間のひとつです。

宿泊は「MUJI room SAKAMOTOYA」。無印良品がリノベーションした宿で、余計なものを削ぎ落とした空間に、吉野の素材が随所に使われています。明け方、窓から差し込む朝の光が部屋の中に伸びていく様子を、そっとカメラに収めました。

2日目 ─ 朝のお勤めから、お茶と縁結びへ

2日目は午前6時30分から「金峯山寺」の朝座勤行に参加しました。早朝の空気の中で響くお経の声、漂う線香の煙。写真を撮ることを忘れて、ただその場にいることを選びました。こういう瞬間は、撮影より体験を優先することがある。

「吉野神宮」では、社殿の装飾に猪目(ハート型)の模様が使われていることを初めて知りました。「南芳園」では創業200余年のお茶屋でお茶をいただき、「カフェ COYA」では築100年の古民家でコーヒーを。「大師山寺」では良縁を願うお守りを見ながら、参拝者の横顔を静かに撮りました。

吉野を旅して、思うこと

自転車で走っていると、次の曲がり角の先に何があるかわからない。その不確かさが、旅の面白さだと改めて感じました。吉野は有名な桜の名所ですが、花のない季節にも、この土地には暮らしの豊かさと歴史の深みがあります。訪れたことがない方には、ぜひ「青の交響曲」に乗って行ってみてほしい場所です。

今回の旅の写真と詳しいモデルコースは、近鉄電車の公式サイトにて掲載いただいています。
近鉄「青の交響曲」吉野モデルコース ↗
PHOTOGRAPHER'S NOTE

吉野での撮影は、ほぼ自然光のみで行いました。古民家の中に差し込む逆光、木漏れ日、朝の霧。余計な光を足さなくても、この場所は十分に美しかった。「心が動いた瞬間を撮る」というのが自分のスタイルですが、吉野ではその瞬間が、何度も何度も訪れました。